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大 暗 転
いやもう、大騒ぎである、天下は。
慶応三年十一月十八日、油小路で脱盟の巨魁《きよかい》伊東甲子太郎を斬ってからこっち、近藤は様子がおかしくなった。度をうしなったのであろう。

 大政奉還。
徳川慶喜は、将軍職返上を朝廷に申し出ている。

 天下はどうなるのか。
「近藤さん、男はこういうときに落ちつくものだ。時流に動かされてうろうろするもんじゃねえ」
歳三はどなりつけるようにいったが、近藤は|きり《ヽヽ》きり《ヽヽ》舞い《ヽヽ》、といった毎日だった。毎日隊士団をつれ、京の諸所ほうぼうを走りまわり、二条城に行っては幕府の大目付永井玄蕃頭に会い、黒谷の会津藩本陣へ走っては情報をきき、あげくのはては、勤王系(といってもやや幕府への同情派)の土佐藩邸にまで出かけて、参政後藤象二郎に会い、
「長州は蛤御門ノ変で京をさわがした。しかも反省はしておらぬ。あれは貴殿はどうおもわれる」
と、もうどうにもならぬ時代おくれの議論を吹っかけたりして後藤を閉口させた。じつをいえば討幕の密勅はすでに薩長にくだっているのである。

 この日、後藤象二郎は訪れてきた近藤を一喝した。
「いままさに国難のときだ。日本は統一国家を樹立して外国にあたるべきときである。大政奉還後は、皇国一心協力、国内を整頓し、三百年の旧弊をあらため、外国と堂々ものをいえるような国にならねばならぬ。長州がどうのこうのといっておる時勢ではない。そんなことで国内が内輪もめをしておるあいだに、外国に国を奪られるであろう。今日より、志士たる者は心魂をそこにすえるべきだ。どうです、近藤先生」
「なるほど、志士たる者は。……」
といったきり、「勇、黙然、一言モ発セズシテ去レリ」。もっともこれは後藤側の記録だから、近藤の姿がばかにしょんぼりとえがいてあるが、おおかた、こんなものであったであろう。

 近藤は政治家になりすぎた、と歳三はおもっている。
(諸般の情勢などはどうでもよい。情勢非なりといえども、節義をたてとおすのが男であるべきだ)
近藤は、後藤側の記録では、「私も土佐藩の家中にうまれたかった。それならばこの時勢に、どれほどの働きができるか」ともらしたという。
あきらかに近藤の思想はぐらついている。一介の武人であるべき、またそれだけの器量の近藤勇が、いまや分不相応の名誉と地位を得すぎ、さらには、思想と政治にあこがれをもつようになった。近藤の、いわば滑稽な動揺はそこにあった。
歳三はそうみている。
こまったものだよと、病床の沖田総司にひそかにこぼした。
「新選組は、いまや落日の幕軍にとって最強の武人団になっている。こういう組織というものは、その動かざること山のごとく、その徐《しず》かなること林のごときものであってこそ、怖れられるのだ。それをなんぞ、首領みずからが、幕府や諸藩の要人のあいだを駈けまわって、べちゃべちゃ時務を論じていては軽んぜられるばかりだ」
「そう……ですねえ」
沖田は、相変らず、どっちつかずの微笑で枕の上から歳三を見あげている。
「総司、早く元気になれよ」
「なりますとも」
沖田は、微笑をした。その微笑は、……いつもそうなのだが、歳三がこわくなるほど澄んでいる。
「総司、お前はいいやつだねえ」
「いやだねえ」
沖田は、頸をすくめた。きょうの歳三は、どうも変である。
「おれも、来世もし、うまれかわるとすれば、こんな|あく《ヽヽ》のつよい性分でなく、お前のような人間になって出てきたいよ」
「さあ、どっちが幸福か。……」
沖田は、歳三から眼をそらし、
「わかりませんよ。もってうまれた自分の性分で精一ぱいに生きるほか、人間、仕方がないのではないでしょうか」
と、いった。沖田にしてはめずらしいことをいう。あるいは、自分の生命をあきらめはじめているのではないか。
心境がそうさせるのか、声が澄んでいた。
歳三は、あわてて話題をかえた。なぜか、涙がにじみそうになったからである。
「おれは兵書を読んだよ」
と、歳三はいった。
「兵書を読むと、ふしぎに心がおちついてくる。おれは文字には明るくねえが、それでも論語、孟子、十八史略、日本外史などは一通りはおそわってきた。しかしああいうものをなまじいすると、つい自分の信念を自分で岡目八目流《おかめはちもくりゆう》にじろじろ看視するようになって、腰のぐらついた人間ができるとおれは悟った。そこへ行くと孫子、呉子といった兵書はいい。書いてあることは、敵を打ち破る、それだけが唯一の目的だ。総司、これを見ろ」
と、ぎらりと剣をぬいた。
和泉守兼定、二尺八寸。すでに何人の人間を斬ったか、数もおぼえていない。
「これは刀だ」
といった。歳三の口ぶりの熱っぽさは、相手は沖田と見ていない。自分にいいきかせているような様子であった。
「総司、見てくれ。これは刀である」
「刀ですね」
仕方なく、微笑した。
「刀とは、工匠が、人を斬る目的のためにのみ作ったものだ。刀の性分《しようぶん》、目的というのは、単純明快なものだ。兵書とおなじく、敵を破る、という思想だけのものである」
「はあ」
「しかし見ろ、この単純の美しさを。刀は、刀は美人よりもうつくしい。美人は見ていても心はひきしまらぬが、刀のうつくしさは、粛然として男子の鉄腸をひきしめる。目的は単純であるべきである。思想は単純であるべきである。新選組は節義にのみ生きるべきである」
(なるほどそれをいいたかったのか)
沖田は、床上微笑をつづけている。
「そうだろう、沖田総司」
「私もそう思います」
これだけは、はっきりとうなずいた。
「総司もそう思ってくれるか」
「しかし土方さん」
と、沖田はちょっとだまってから、
「新選組はこの先、どうなるのでしょう」
「どうなる?」
歳三は、からからと笑った。
「|どう《ヽヽ》なる《ヽヽ》、とは漢《おとこ》の思案ではない。婦女子のいうことだ。おとことは、どうする、ということ以外に思案はないぞ」
「では、どうするのです」
「孫子に謂《い》う」
歳三は、パチリと長剣をおさめ、
「その侵掠《しんりやく》すること火の如く、その疾《はや》きこと風のごとく、その動くこと雷震《らいしん》のごとし」
歳三はあくまでも幕府のために戦うつもりである。将軍が大政を返上しようとどうしようと、土方歳三の知ったことではない。歳三は乱世にうまれた。
乱世に死ぬ。
(男子の本懐ではないか)
「なあ総司、おらァね、世の中がどうなろうとも、たとえ幕軍がぜんぶ敗れ、降伏して、最後の一人になろうとも、やるぜ」
事実、こののち土方歳三は、幕軍、諸方でことごとく降伏、もしくは降伏しようとしているとき、最後の、たった一人の幕士として残り、最後まで戦うのである。これはさらにこの物語ののちの展開にゆずるであろう。
「おれが、——総司」
歳三はさらに語りつづけた。
「いま、近藤のようにふらついてみろ。こんにちにいたるまで、新選組の組織を守るためと称して幾多の同志を斬ってきた、芹沢鴨、山南敬助、伊東甲子太郎……それらをなんのために斬ったかということになる。かれらまたおれの誅《ちゆう》に伏するとき、男子としてりっぱに死んだ。そのおれがここでぐらついては、地下でやつらに合わせる顔があるか」
「男の一生というものは」
と、歳三はさらにいう。
「美しさを作るためのものだ、自分の。そう信じている」
「私も」
と、沖田はあかるくいった。
「命のあるかぎり、土方さんに、ついてゆきます」

情勢は、日に日に変転して、大政奉還から二カ月たらずの慶応三年十二月九日、
王政復古
の大号令がくだった。
京都駐留の幕府旗本、会津兵、桑名兵はことごとくこの「薩摩藩の陰謀成功」を不服とし、洛中で戦争を開始しようという動きがたかまってきた。
「将軍慶喜は、水戸の家系だ。もともと朝廷を重視しすぎる家風で育ったゆえ、このお家の重大事に、薩摩側の、勤王、勤王、というお題目に腰がくだけてしまった。将軍は徳川幕府を売ったのだ」
将軍が幕府を売った、とは妙な理屈だが、幕臣でさえそういうことを大声叱呼して論ずる者があった。いまや混沌。
慶喜は、才子である。おそらく、頭脳、時勢眼は、天下の諸侯のなかでも慶喜におよぶ者がなかったろう。
しかし時流に乗った薩長側の、打つ手打つ手にはとても抗しようもない。
当時の「時勢」のふんいきを、後年、勝海舟は語っている。

 気運というものは、実におそるべきものだ。西郷(隆盛)でも木戸(桂小五郎)でも大久保(利通)でも、個人としては、別に驚くほどの人物ではなかった(勝は、別の語録では西郷を不世出の人物として絶讃している)。けれど、かれらは「王政維新」という気運に乗じてやって来たから、おれもとうとう閉口したのよ。しかし気運の潮勢が、しだいに静まるにつれて、人物の価《あたい》も通常に復し、非常にえらくみえた人も、案外小さくなるものサ。

 ついでに、もうひとくだり、卓抜した批評家でもあった勝が、当時の情勢をどうみていたかについて、かれ自身の言葉を借りよう。ただし右の引用は、勝の口調どおり速記して遺されているものだが、左記のものは、かれ自身がこの慶応三年の当時、ひそかに随想として書きとめておいたもので、それだけに「時勢」のにおいが躍動している。ただし文語のため、以下は作者意訳。

 会津藩(新選組を含む——作者)が京師に駐留して治安に任じている。しかしながらその思想は陋固《ろうこ》で、いたずらに生真面目である。しかしかれらは、いかにすれば徳川家を護れるかという真の考えがない。その固陋な考えこそ幕府への忠義であるとおもっている。おそらくこのままでゆけば、国家(日本)を破る者はかれらであろう。とにかく見識狭小で、護国の急務がなんであるかを知らない。(中略)このさい、国家を鎮め、高い視点からの大方針をもって国の方向を誤たぬ者が出てくれぬものか。それをおもえば長大息あるのみだ(作者——もっともこういう勤王佐幕論よりももう一つ上から、当時の国情を見ていたのは幕臣では勝海舟ひとりである。あるいは、将軍慶喜もそうであったかもしれない。慶喜の“幕府投げ出し”を会津藩士が激怒したのは、こういう意識のちがいにある)。

 京都の幕兵、会津、桑名の兵に不穏の動きがあると知るや、慶喜はこれを避けるため、自分は京都からさっさと大坂城にひきあげてしまった。
それまで、
「家康以来の英傑」
といわれ、「慶喜あるかぎり幕府はなおつづくかもしれぬ」と薩長側がその才腕を怖れていた徳川慶喜の変貌が、このときからはじまる。恭順、つまり時勢からの徹底的逃避が、最後の将軍慶喜のこれ以後の人生であった。

 余談だが、慶喜はこの後、場所を転々しつつ逃避専一の生活をつづけ、その逃避恭順ぶりがいかに極端であったかは、かれが、ふたたび天皇にごあいさつとして拝謁したのは、なんと三十年後の明治三十一年五月二日であった。かれは自分の居城であった旧江戸城に「伺候」し、天皇、皇后に拝謁した。明治天皇はかれに銀の花瓶一対と紅白のチリメン、銀盃一個を下賜された。政権を返上して三十年ぶりでもらった返礼というのは、たったこれだけであった。推して、慶喜の悲劇的半生を知るべきであろう。

 幕軍は、慶喜の大坂くだりとともに潮をひくように京を去った。むろん、会津藩も。
ところが、新選組のみは、
「伏見鎮護」
という名目で、伏見奉行所に駐《とど》められた。
京は薩摩を主力とするいわゆる倒幕勢力が天皇を擁している。
幕府の首脳部は、
(いつ京都の薩長と大坂の幕軍とのあいだに戦さがはじまるかもしれぬ)
という理由で、大坂からみれば最前線の伏見に、新選組をおいたのである。
「これほどの名誉はない」
近藤もさすがによろこんだ。もし開戦ともなれば、薩長と最初に火ぶたを切るものは、新選組であろう。
「歳、うれしいだろう」
「まあな」
歳三は、いそがしい。花昌町の屯営の引きあげ、武器その他を積載する荷駄隊の準備、隊の金庫にある軍資金の分配、その他移駐にともなう指揮は隊長の職務である。
にわかなことで、あすの十二月十二日には出発しなければならなかった。
「歳、今夜かぎりの京だ。文久三年京にのぼって以来、この都でさまざまなことがあったが——」
と近藤がいったが、歳三は、こわい顔をしてだまっていた。そういう感傷につきあっていられる余裕がないほど雑務に多忙であった。いや、この男の本性《ほんしよう》はおそらくそうではなかったのであろう。
元来が、豊玉(歳三の俳号)宗匠なのである。それも、歳三はひどく感傷的な句をつくる「俳諧師」であった。多感なおもいがあったにちがいない。
「なあ、歳。原田左之助や永倉新八は女房をもっている。それに、云いかわした女がある隊士もおおぜいいるだろう。どうだ、今夜はみなそれぞれの女のもとにやり、明早暁、陣触れ(集合)ということにしては」
「反対だね」
と、歳三はいった。
「あすは、いわば出陣なのだ。女との別れに一晩もついやさせては、士気がにぶる。別れは一刻でいい」
「お前は情《じよう》を解さぬな」
近藤はさすがにむっとした。近藤は妾宅が三軒もある。近藤が怒るのもむりはなかった。その三軒を駈けまわるだけでも、一晩では足りないだろう。
(おれにも、お雪がいる)
歳三はそうおもうのだが、この情勢混乱期に、隊の中心である近藤や自分が、一刻でも隊士の視野から姿を消すことはできない。
脱走。——
を怖れている。
いや、この情勢下では、うかつに眼をはなすと脱走者がきっと出る。
(どうせ逃げるやつなど惜しくないのだが、脱走者が一人でも出れば全体の士気にかかわる。それがこわい)
歳三はそうおもっていた。
「いやとにかく——」
と、近藤はいった。
「明日はおたがい命がどうなるかわからぬ身だ。一晩、名残りを惜しませるのが、将としての道だ。歳、おれはいまから隊士をあつめてそう命ずる」
その夜、歳三は、残った。
幹部で屯営に残ったのは、副長の歳三と病床の沖田総司だけである。
「今夜はお前の看病をしてやるよ」
歳三は、沖田の病室に机をもちこみ、手紙を書いた。
「お雪さんへですか」
沖田は、病床からいった。
「私はまだお会いしたことはないが、沖田総司からも、お達者を祈っていますと書きそえてください」
「うん。——」
歳三は、瞼《まぶた》をおさえた。
涙があふれている。
京への別離の涙なのか、お雪への想いがせきあげてきたのか、それとも沖田総司の優しさについ感傷が誘われたのか。
歳三は泣いている。
机へつっ伏せた。

 沖田は、じっと天井を見つめていた。
(青春はおわった。——)
そんなおもいであった。京は、新選組隊士のそれぞれにとって、永遠に青春の墓地になろう。この都にすべての情熱の思い出を、いま埋めようとしている。
歳三の歔欷《きよき》はやまない。

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