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堀 川 の 雨
その日、歳三は、小者一人をつれて、午後から黒谷《くろだに》の会津藩本陣に出かけた。
辞去したときは、すでに夜になっている。
まずいことに、雨がふっていた。
玄関まで出てわざわざ見送ってくれた会津藩家老田中土佐、公用方外島機兵衛のふたりが口々に、
「土方先生、今夜は手前方にとまられて、明朝お帰りになってはいかが」
とすすめた。
当時、新選組では花昌町《かしようちよう》(現在町名なし。醒《さめ》ケ井《い》七条堀川のあたり。当時、不動堂村ともいった)に屯営を新築して、一同そこへ移っていた。洛東の黒谷から、その花昌町新屯営まで、京の市中、ざっと二里はある。
外島機兵衛らが心配したのは、この雨、この暗さで、はたして事なく屯営まで帰れるかどうかということだ。
それに、土方は、護衛の隊士も連れず、馬にも乗らず、来ているのである。
「そうなさい」
家老田中土佐は玄関の式台から夜の雨の模様をのぞきながら、
「ぜひ」
と、歳三の袖をとらんばかりにしていった。
外島機兵衛も、
「先刻も話に出ましたとおり、防長二州に割拠した長州藩は、おびただしく密偵を市中に送りこんでいるといいます。それに、ちかごろ土州藩の脱藩浪士が、長州と気息を通じて、さかんに市中に出没している。いかに土方先生豪強といえども、万が一ということがある」
「まあ、そうですな」
歳三は、気のない返事をして、くるっと背をむけ、小者がそろえた高下駄に足を差し入れた。
「なんなら、当家の人数に送らせましょうか」
と田中土佐がいった。
「いや」
歳三は不愛想にいった。
「いいでしょう」
そのまま、出て行った。
——変わった男だ。
と、あとで、家老の田中土佐が、ちょっと不快そうにいった。
新選組では、近藤が、伊東甲子太郎らをつれて十一月半ばから広島へ下向したきりもどってこない。
その間、歳三が、局長代理である。なにかと会津藩に出むくことが多くなっていた。
いつも、あの調子でやってくる。近藤のように、馬上、隊士を率いてやってくるというようなことをしない。
「よほど、腕に自信があるのかね」
「さあ、別に理由もないでしょう。独りきりで歩きたい、というのがあの男の性分でしょうな。その点、武骨なわりに派手好きな近藤とはちがうようです」
と、古いなじみの外島機兵衛が、わらいながらいった。
外島は、どちらかといえば周旋好き(政治好き)の近藤よりも、実力を内に秘めて沈黙しているといった恰好の土方のほうを、好んでいる。
「それに」
と田中土佐は、歳三の不愛想さに好意をもっていない。
「あの男、女もないそうだな」
田中土佐にしてみれば、近藤が妾宅を二軒持ち、相当派手に女を囲っているといううわさから、ふと対比してそうおもったのである。
「なさそうですな」
「あれはあれで、よくみると苦味走ったいい男なのだが、京の女はああいう男を好まないのかね」
「いや、島原木津屋の抱えで、東雲《しののめ》大夫というのがいたでしょう」
「ああ、聞いている。ずいぶんと美形だったそうだな。それとあの男は良かったのか」
「いや。——」
外島機兵衛は、表現にとまどったような顔をした。ああいう男女関係をどういっていいか、うまくいえなかったのである。
かつて外島機兵衛が、近藤、土方ら新選組幹部とともに島原木津屋に登楼したときのことである。
歳三の敵娼《あいかた》は、東雲大夫になった。
島原は、江戸の吉原とならんで、なんといっても天下の遊里である。ことに、大夫の位ともなれば諸芸学問を身につけさせられているだけに非常な見識があり、客の機嫌はとらない。
むしろ客のほうが大夫の機嫌をとり、その機嫌のとり方がうまいというのが、この町では通人とされる。
近藤は、なかなかの遊び上手だった。この島原の木津屋でも金《こがね》大夫となじみを重ねているほか、一方では三本木の芸妓駒野に子を生ませたり、おなじ三本木で、植野という芸妓とも馴染み、これを天神の御前通にかこっていた。
それだけではない。
近藤は大坂へたびたび出張するうちに、新町のお振舞《ふるまい》茶屋でもさかんに遊び、織屋の抱えで深雪《みゆき》大夫という者が気に入り、大坂八軒家の新選組定宿主人京屋忠兵衛が奔走して落籍《ひか》せ、これを近藤が興正寺門跡から借りている醒ケ井木津屋橋南の屋敷に住まわせた。ところがほどなく病死し、その深雪大夫の妹が姉に似ているというので、それを後釜にすえた。
そのほか、祇園石段下の山繭《やままゆ》にも女がいてしきりと通っていた。
まったく、近藤はよく遊ぶ。当節、京洛を舞台に活躍している雄藩の公用方(京都駐留外交官)は、色町で公務上の会合をし、ずいぶん派手に遊ぶが、近藤ほど諸所ほうぼうに女を作っている男もめずらしく、一時、隊士のあいだでも、——会津藩から出ている局の費用の半分は局長の女の鏡台のひきだしに流れこんでいるのではないか、といううわさがあったほどであった。が、その点は、ちがう。
近藤個人の費用として、大坂の鴻池《こうのいけ》善右衛門から多額の金が出ていた。
鴻池は、尊王浪士と称する者から「攘夷軍用金|申付《もうしつけ》」の押し借りを受けることが多く、それを防ぐために鴻池では、新選組にたよった。近藤に献金した。近藤はその金で遊び、女をかこった。会津藩の新選組関係の公用をする外島機兵衛は、そういう内情まで知っている。
(酒ものまずによくまあ、あれだけあそべたものだ)
とかねがね感心するような思いでそれをみていた。が、外島機兵衛のみるところ、土方歳三はちがう。
酒は、やや飲む。
が、あまり好きなほうではないらしく、杯を物憂《ものう》そうになめている。
女は。——
「そら、その東雲大夫が、ですな。あの男と室にひきとってから、閉口したそうですよ」
よほど閉口したらしく、あとで、大夫が仲居に洩らしたのがひろまって、評判になった。
歳三は、だまって杯を重ねているばかりでひと言も口をきかない。どうも、ほかのことを考えている様子なのである。
——土方はん。
と、東雲大夫が、見かねていった。
歳三が、あまり酒を好まないことは、さっきの酒席で様子をみて察していた。
——もう、お酒は。
と、銚子《ちようし》をかくし、
——おやめやす。あまりお好きやおへんのどすやろ?
——ああ、好きじゃない。
と、歳三は所在なげに答えた。
——ほなら、おやめやす。お好きやないもんをそんなに飲んでお居やしたら、お体に毒どすえ。
——そうかね。
といいながら、歳三は手をのばして東雲大夫の手から銚子をとりかえし、
——それでも、色里の女より、ましさ。
といった。
元来、遊所の女がきらいなのである。御府内や武州の宿場々々をうろついていたころからそうだったが、この物嫌いは京にのぼってからもかわらない。
(あっ)
とこの廓《くるわ》でもおとなしいので通っている東雲大夫がさすがに色をなしたが、歳三は相変らず|にべ《ヽヽ》もない面《つら》で酒をのんでいる。
が、妙なものだ。
島原でこんな不愛想な客を、東雲大夫はみたことがない。が、慍《いか》りがしずまると、がたがたと張りも誇りも崩れるような思いで、東雲大夫はこの男を見た。そのとき、魘《おそ》われるような思いで、この男が好きになったような気が、東雲大夫にはした。
——縁起《えんぎ》どすさかい。
と、暁方《あけがた》、懇願するようにして、この客に床入《とこい》りをしてもらった。
「それが」
と、東雲大夫は、あとで仲居にいった。
「存外、やさしいお人どすえ」
客がそのあと、床のなかでどうふるまったか、東雲大夫は廓の躾《しつけ》として口外しなかったが、仲居にはさまざま想像することができた。うわさは、そういう仲介者の想像をまじえて、外島機兵衛の耳に入っている。
「それで、どうした」
謹直な田中土佐が、きいた。
「その後、近藤とともにあの男は、二、三度木津屋に登楼《あが》って、東雲大夫を敵娼にしたのですが、その態度たるや、まったく初会のときと判で押したようにおなじだったらしい」
「床入り後のやさしさも?」
「まあ、そうです」
その後、東雲大夫は、京の両替商人から落籍《ひか》されることになった。そのとき、しきりと使いを屯所に出して、
——最後に会いに来てほしい。
と、頼んだが、歳三は、(落籍されるような女に逢っても仕方がないさ)とついに行かず、どうしたわけか、それっきり、島原には足を踏み入れなくなったという。
東雲大夫はそれを恨みに思い、恨みのあまり、自分の小指の肉を噛みちぎって、大騒ぎになった。
それでも歳三は行かなかった。
「情のこわい男だ。おそらくあの男は、東雲大夫が、好きだったのではあるまいか。だから行かなかったのだろう」
「好きなら、普通そんな場合、垣をやぶってでも逢いにゆくのが人情でしょう」
「それはそうだな」
「見当のつかぬ男ですよ。とにかく。——」
そういって外島機兵衛は笑ったが、しかし外島は歳三が東雲大夫と初会した前日、この男の身になにがおこったかを知らない。あれは文久三年九月二十一日のことであった。歳三は、麩屋町《ふやまち》の露地奥の家で、いまは九条家に勤仕《ごんし》している府中猿渡家の息女佐絵と武州で一別以来ひさしぶりで逢い合った。その借家の古だたみの上で、例によって歳三流の不愛想な触れかたで佐絵と通じたが、そのとき、ありありと(佐絵は、変わった)と思った。佐絵は、たしかにかわった。情夫《おとこ》がいる、と思わざるをえなかった。
変心は、とがめなかった。その資格もなかった。武州当時、歳三は佐絵になんの約束もせず、むろん情人らしいどういうことばもかけてやらず、ただ偶然の縁で体のつながりを結んだだけのことであった、といえる。佐絵からみても、これは同じだろう。この猿渡家の出戻り娘はただ一時のなぐさみで、どこの在所の者とも知れぬ近在のあぶれ者じみた若者と体のつながりをもったにすぎない。京に来れば京に来たで、佐絵は佐絵の人生をもった。その人生の中に、長州藩士米沢藤次が入ってきた。当時、佐幕派公卿だった九条家に出入りしていた男で、佐絵と出来た。佐絵を通じて、幕府方の情報を得ようとし、佐絵は、当然、情夫のために働いた。
——土方を知っている。
と、佐絵は米沢に洩らした。「斬るべし」ということになった。米沢は、その土方暗殺を、長州藩出入りの武州脱藩七里研之助とその一味の「浮浪」に依頼した。武州八王子以来、七里は歳三に、遺恨をもっている。
——なあに、頼まれずとも斬《や》るさ。
と、七里は、二帖半敷町の辻で、歳三を要撃した。
その翌日である。歳三が外島機兵衛らと島原木津屋に登楼《あが》って東雲大夫と初会の夜をもったのは。
あの夜、歳三は、
(おれはどこか、いびつな人間のようだ。生涯おそらく恋などは持てぬ男だろう)
と思った。
(人並なことは考えぬことさ。もともと女へ薄情な男なのだ。女のほうもそれがわかっている。こういう男に惚れる馬鹿が、どこの世界にあるもんか)
しかしおれには剣がある、新選組がある、近藤がいる、としきりに自分に云いきかせていた。
(それだけで十分、手ごたえのある生涯が送れるのではないか。わかったか、歳)
そんなことを思いながら、歳三は、あの夜京の町を歩き、途中立ちよった芳駕籠《よしかご》の家の近所で七里研之助の徒党を斬り、しかもその翌夜、島原木津屋の楼上で酒をのんだ。
もともと奇妙なこの男を、東雲大夫がいっそう奇妙に思ったのは、むりはなかった。むろん会津藩公用方外島機兵衛は、そういういきさつまで知ろうはずがないのである。
「まあ、あれはあれで」
と外島はいった。
「洛中の一人物ですよ。あるいは、兵の用い方は近藤よりも数段上かもしれない。むかし太閤秀吉は大谷|刑部《ぎようぶ》を評して、あの男に十万の大軍を藉《か》して軍配をとらせてみたいといったそうだが、私は土方をみるたびに、そんな気がする」

それから半刻《はんとき》後、歳三は、丸太町通をまっすぐ西へ歩いて堀川に突きあたっていた。
灯がみえる。二条城の灯である。この道をこのまま小橋を渡って西へゆけば所司代堀川屋敷である。
が、歳三は渡らない。当然なことで新選組新屯営はこの堀川東岸を南に折れ、なおここから三十丁もくだらねばならない。
「藤吉、疲れたか」
と、歳三は小者にきいてやった。
雨は、なお降りつづいている。
「いえ、脚だけは自慢でございますから」
藤吉は、雨の中でいった。歳三の三歩前を、及び腰で提灯をさし出しながら、藤吉はゆく。
歳三は、唐傘《からかさ》を柄高《えだか》に持ち、黒縮緬の羽織、仙台平の袴。腰には、すでに何人斬ってきたか数も覚えぬほどに使った和泉守兼定を帯び、脇差は、去年の夏、池田屋ノ変のときにはじめて使った堀川国広一尺九寸五分。
「藤吉」
と、歳三は、いった。
「この先は、道がわるいぞ」
「へい」
「ぬかるんだ道を駈けるときは、ツマサキで地を突くようにして駈けるものだ。そうすれば転ばずにすみ、速くもある」
と妙なことをいった。藤吉にはこの無口な局長代理が、なぜ不意にそんなことを云いだしたかが、理解できない。
「藤吉、お前の傘、駈けるときは、そいつを思いきり後ろへ捨てろ。心得ごとだ」
「へい?」
藤吉は、首をかしげて歳三を見あげた。
「いま、捨てますンで」
「まだよい。しかし、もうそろそろ、捨てねばなるまい。おれが、藤吉、と呼ぶ。そのとき、提灯と傘を捨て、命がけで駈けろ。間違っても、うしろを見るな」
「見れば?」
「———」
歳三はだまって、歩いている。
傘をやや後ろに傾けながら、背後の気配を聴いているらしい。やがて、
「藤吉、いまなにか申したか」
「いえ、後ろを見ればどうなりますンで、と申しただけでございます」
「怪我をするだけさ」
不愛想に答えた。
堀川をへだてて右手の闇に、二条城の白壁が、ぼんやりと浮かんでいる。
左手は、親藩、譜代の諸藩の藩邸がつづいている。播州姫路藩の藩邸の門前をすぎると、二条通の角からは越前福井松平藩の藩邸の土塀がつづく。
その門前近くまできた。
「藤吉」
と、歳三はするどく叫んだ。
そのとき歳三自身、傘を宙空《ちゆうくう》に飛ばし、腰を沈め、右膝を折り敷き、すばやく旋回した。
ばさっ。
と不気味な音が、歳三の手もとでおこった。
瞬間、歳三の右手へ人影がもんどりうって倒れかかったかと思うと、泥濘《ぬかるみ》のなかで、もう一度大きな音をたててころがった。血の匂いが、闇にこめた。
そのときすでに歳三は、五、六歩飛びさがっている。刀を下段右ななめに構え、越前藩邸の門柱を背《うし》ろ楯《だて》にとり、
「どなたかね」
闇のなかに、まだ三人いる。
「雨の夜に、ご苦労なことだ。人違いならよし、私を新選組の土方歳三と知ってなら、私も死力を尽して戦う覚悟をきめねばなるまい」
「そう」
と、十間ばかりむこうの闇できこえた。
「知ってのことさ」
ああ、と歳三はおもった。一度聞けば忘れられぬ。例のかん高い声である。
七里研之助であった。
「奸賊。——」
と、左手にまわった男が、うわずった声をあげ、二、三歩|間合《まあい》を詰めた。
こんな夜だが天に月はあるらしく、夜雲がかすかな明るみを帯びながら、眼一ぱいの闇をしずかに濡らしている。

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