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大 根 と 私
むかし私の小学校では毎年“大根の品評会”なるものがあって、その日は講堂いっぱいに名札をつけた大根が並んだ。種はあらかじめ学校からもらって蒔くのだが、農家でない私の家の庭の隅では人蔘《にんじん》ほどにしか育たず、それもふたまた三またにねじくれて目も当てられなかった。
それでいつも近所のトミおっつぁんが朝抜きのでっかい大根を縄でくくって届けてくれるのである。その中から形や大きさを選んで、姉の分私の分と二本ずつの出品作が出来上がる仕組みであった。
ある年、姉と私は大得意で長さといい太さといい申し分のない二本を抱いて学校へ急いだ。すると、どうしたことだろう、並べられている大根はみんなまるくてコケシの頭みたいなのである。まるいのは蕪《かぶ》だとばかり思っていた姉妹はおどろいた。その年は丸大根の種が配られていたのである。丸大根の中でにゅッと足をのばしていた私の大根が忘れられない。
私は「だいこん」または「だいこ」と呼ぶ言葉の響きが好きだ。くせのない味もさりながら、白くすべすべとした大根に私はふしぎな色気を感じる。昔は川の流れに大根を洗う女の足があった。土を落とされてまっ白になる大根と、冷たさに染まるうすもも色の女の足があった。今は白い大根を買って水道で洗う味気なさだが、それでも大根はどこかやさしくなまめかしい。
私は大根を手で洗う。てのひらで撫でながら時間をかけて洗っていると、時にはそれが嬰児《えいじ》になったり、自分に思えたりして心が和んでくるのである。
大根の年夜《としや》というのがあるのを知った。十月十日、この日は大根が年をとる日だそうで大根畑に入ってはいけないのだと、その婆さまは言った。多分旧暦の霜ふる一夜であろうと思うがそこまでは問いそびれた。
川柳家にとてもよい夫婦がいて、十五年という病いの果てに妻が逝き、あとを追うように忽然と夫が逝った。この夫婦の川柳集に“すずしろ”という名を贈ったことを私は今でもよろこびとしている。まことに大根のごとく清《すが》やかで睦じい夫婦であった。
大根を手で洗う。あまりの生身《なまみ》のその色白に私はあの世この世の見さかいがつかなくなることがある。皮をむいて厚目に切って角をおとして、と料理の手順は狂わないのだが、もはや心はここになく、有るのは能の小面だったりするのである。

大根が白くてふッと抱かれる
一望の野に咲かしむるしゃれこうべ
はつあきのこの惨劇のやわらかな
雪中の一軒焼いて遊ぼうよ

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