「ひまわりのように」

 夏休みになって、庭に一本だけ開いた大きなひまわりに水をやっていると、白い窓の奥から、「ひまわりは丈夫だから、水は要らないよ」

と声があった。眩しい陽が小さな庭に降り注ぎ、確かにひまわりは汗ばむ陽気に反して背伸びをし、うな垂れてはいない。

 声の主は兄である。振り返るとカーテンのすき間から、手鏡を持ってこちらを伺う姿が見えた。ここ数日、体調が芳しくないのか、寝たり起きたりの生活が続いている。ベッドに横たわっているが、今日の声から少し調子が戻っているのが分かる。

 向かいのお宅にはなぜか時計台があって、その針は昼近くを指している。私は庭に散水ホースをそのままにして、急いで兄の四畳半のドアを押し開いた。

「兄ちゃん、今日は調子が良さそうだね。お昼ご飯は何にしようか」

 両親はすでにそれぞれの職場へと行って、夏休みに入った私と兄の二人だけがこの家の留守を任されている。次兄は駅伝部の部活動だと言って、弁当を持って朝早くに家を出た。昼ごはんは母が冷蔵庫に二人分をちゃんと用意して、チンするだけで事足りるが、兄にはいつもそう話しかけた。

 兄は先天性の病気で、過去十三回の手術に耐え今を生かされている。過酷な日々と向き合いながら兄は懸命に病気と戦い、横になりながらも勉強を続け、いつの間にか小さな部屋は難しい学術書で埋め尽くされていた。

 私は兄弟三人の末っ子で上に兄が二人おり、十一歳年の離れた長兄それに私と双子の兄だ。長兄は私の生まれる前から、体の衰えを克服しようと毎日リハビリを続けなければならなかった。それは、四半世紀を生き抜いた兄の人生そのものである。

 それでも憎い病魔は容赦なく兄の体力を奪い、危機的状況を作り続けてきた。私は兄がゆっくり起き上がって、食堂に現れるのを待つ。兄は下肢の麻痺から、まるで赤ん坊のように這いながらやって来た。流しに掴まって立ち上がると、今日の昼はどうしても自分が作ると言い出した。

兄が包丁など持った記憶はないが、不自由な右手でレタスを切って、きゅうりまで切り出した。手伝うと割り込んでも、笑いながらそれを制して、何とも不恰好なサンドイッチが完成した。

「今日は最後までやらせて」

 サンドイッチはお盆に載せ、兄が這いながら少しずつ滑らせるようにして、あるいは小物類は口にくわえて運ぶ。兄の本当の姿を見る思いだった。ただ、サンドイッチはその日の昼食にはならず、結局母が作り置いた食事をとって、夜家族が揃ってから食べることにした。

「ほう、未来(みらい)が作ったのか。それにしてひどいなこれは」

 五人家族が揃った夕飯で、誰ひとり声を発しない一瞬を察知してか、父が笑いながら言い出した。そうすると皆一斉に笑い出し、兄もゲラゲラと声を上げた。私もつられて笑っていたが、兄がテーブルにサンドイッチを置くまでを思い出すと、笑ったのち急に涙があふれ出す。

 それは、誰もがすでに承知していた。それでも、何の味付けもされていないサンドイッチを一切れ口に運ぶと、

「もう少しの辛抱だな」

 父の言葉が重く、母も兄弟もまるで目から調味料を出したように、涙の味付けを残ったサンドイッチに落としていた。

 

 兄二十六歳、一人では生きていけないと誰もが思っていた。しかし、一人でも生きなければとこの日声を出さずに約束していた。

 兄は、さんさんと照りつける太陽に向かい続ける、あの大輪のひまわりのよになりたかったのかも知れない。

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