「ものもらい」

  • A+
所属分类:日语随笔集

 眼科医は「ばくりゅうしゅ」なんて難しい言葉を用いるけれども、私達は子供の頃から「ものもらい」といいならわしていた。 どうせ瞼に生じたニキビみたいなものさ、と今なら悟ることも出来るのだけれども、いささか、さもしい名前だと気になるのは、私が子供の時分に随分悩まされたからなのだろう。生来、内向型の私は、肉体的な苦痛以上にユーウツを感じたものであった。

 体が子供から大人に移る時代には何かしら変調をきたすものか、その頃はヤケに「ものもらい」に悩まされたものだった。

 朝起きた時、目玉がコロコロした感じを受ける。ああ出たなと思う。もうそれだけで気分が重くなってくる。鏡を見ると瞼が赤く腫れており、そいつは日増しに玉を含んだようになる。もとより本人は不快だが、それを眺める他人もうっとうしいだろう、と考えると一層ユーウツさがつのる。

 ―女が眼を病んで、赤い布などで覆っているのは色気があるものだ―と言ったのは確か清少納言だったと思うが、男の眼帯姿なんて、凡そ不粋でいただけたものではない。いわんや眼帯が薄汚れていようものなら眼もあてられない(衛生上からも)。映画にしろ、漫画にしろ、悪玉の仲間には必ずといってよい程、眼帯をかけた奴がいるのだ。

 それはともかく、私は「ものもらい」が出ると― 時には右、左、また右と連続して出ることもあった―、まず第一に母から教わった呪をしに井戸に出掛けたものである。

 古びた味噌漉を井戸の中に半分つき出し、『井戸の神様、どうか私のものもらいを治して下さい。治ったら皆見せてあげます』

 真剣な願いの言葉が深い水面に反響して消えていくと、たちどころに痛みが軽くなっていく気になったものである。実際それはよくきいた。中学に入って転居したら井戸がなく、「ものもらい」が出るたびに近所の井戸を拝借せねばならなかった。

 そうなると、年令もニキビの出る頃だし、照れ臭さがさきにたち、口の中でむにゃむにゃとごまかすように神様に歎願して、足早に帰ったりしたが、慈悲深い井戸の神様はその都度願いを叶えて下さった。

 何故、井戸の神様が眼を司るのか、いわんや古びた味噌漉が何故見たいのか、すべて今も疑問である。いや正直に本心を打明ければ、これは迷信と呼ばれていいかも知れない。不思議なことに、あれ程私を悩ました「ものもらい」が、ぱったり姿を消して40年近い年月が過ぎた。若し今頃、出たらどうしょう。井戸のある家は少くて、水道の蛇口を借りて神様にお願いしても通じるのだろうか?

 最近は切開するか、ペニシリンで簡単に治してしまうそうな、だが私は昔なじみの井戸の神様にお願いしようと思う。

发表评论


Notice: Undefined variable: user_ID in /www/wwwroot/jpexam/wp-content/themes/begin lts/comments.php on line 35

:?: :razz: :sad: :evil: :!: :smile: :oops: :grin: :eek: :shock: :???: :cool: :lol: :mad: :twisted: :roll: :wink: :idea: :arrow: :neutral: :cry: :mrgreen:


Notice: Undefined variable: user_ID in /www/wwwroot/jpexam/wp-content/themes/begin lts/comments.php on line 79