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 縫い物を始める時、それがほんの小さなつくろい物やボタン付け一つでも、私は裁縫箱の小引出しをそっと開けて、なくなる筈もないのに、鹿の角ベラのあるのを確めてからとりかかるのが、いつの頃からか習慣になってしまっている。 長さが十センチ程の小さく細いこのへらを、曽祖母から譲り受けたのは、一人で母の里へ遊びに行くようになってからだから、小学校六年の夏休みだったと思う。もう三十年も前の事になる。

 白内障で失明してしまった曽祖母は、「わたしの代りにこれを使っておくれ、おじいさんと若い頃奈良見物に行って買ったものだよ。」と、しわだらけの細い手をとって渡してくれたあの時の感触を、忘れられない。おそらく東北の小さな町で一生を過ごした、ただ一度の遠出だったと思う。明治三十八年頃だったと言う。

 学校の家庭科の時間に、友達は皆、真新しいきれいなへらを持っていたが、買い替える気にはなれずあれからずっと使い続けている。

 曽祖母は、材木屋の後妻に来て、若い衆や使用人の多い家で、必然的に気丈な働き者だったと聞いている。それだけに、曽祖父に先立たれ、昭和二十年の終戦前後に、相次いで長男夫婦を病気で失い、自分の目も次第に見えなくなって、何も出来ず、ただ孫の嫁に世話をかけるのがどんなにつらかったことか。

 夏休みごとに私が遊びに行くのを、喜んで待っていてくれた。私はこのおばあさんの部屋で寝るのが常だったが、その時は思い出話を聞きながら、押入の古ぼけた柳ごうりから着古した浴衣を出して、ぞうきんにするように何枚も裁つのを手伝った。何か役に立ちたいとの思いをこめて、手さぐりで縫ったぞうきんは、ボツボツの荒い曲った縫い目だったが、私にお土産と手渡された時は、胸がジーンと熱くなり、あばあさんには見えないのに、こっそり涙をぬぐい、わざと明るい声で、ありがとうと言った。

 私が帰る前の晩は、蚊帳の中で、針刺にあるありったけの縫い針に糸を通してあげた。気持の良い風が庭の方から吹いて来て、庭の片隅にさみしげに咲いているまっ白なニラの花が、蚊帳の向うに、かすんでゆれていた。

 私が東京の学校にいる時に、八十六才で逝ってしまったが、それは眠りながらの、やすらかな最後だったと知って、もう逢えない悲しさをなぐさめられた。

 すっかり薄茶色に変色し、黒い小鹿の模様も消えてしまった、この古い角べらを、私は又しっかりとにぎりしめる。 

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