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「父と息子をつなぐもの」

 「おれ、数学科に進みたい」 すっかり口が重くなっていた息子が突然発した言葉に私は不意をつかれてしまった。

 大学受験の年を迎えた以上、どこかで腰をすえて将来のことを話し合わなければならな

いことはわかっていたが、そのタイミングを図りかね、こちらの心の準備はまだできていなかった。

 冷静に考えれば、意思の表明があっただけでもたいしたものだ。しかし、私は心の動揺

を見透かされたくないという思いからだろうか、息子に集中砲火を浴びせてしまった。

「なぜ、数学なんだ。数学の何をやりたいんだ。どこの大学を考えているんだ? 俺から見て、数学のセンスがあるとは思えないなあ」

息子は何の言葉も発しなかった。

「ほらいえないだろう。軽く考えちゃだめだよ。今後の人生を見通さなきゃ。それに卒業してからのことは考えているの? よく考えてもう一度きちんと話しにきなさい」

息子は不服そうな顔をしたが何も言わず自分の部屋にさがっていった。

 そして、いつの間にか季節は夏を迎えていた。あれ以来、息子はこの話をしなくなった。こちらも気まずいままであった。そんなある日、私は自分用の文庫本 が切れていることに気づいた。通勤タイムに読む本がないのでは本当に「痛勤」となってしまう。そこで息子に尋ねてみた。

「何か面白い本を持ってないか。いくつか父さんに貸してくれよ」

 息子は無造作に本箱から数冊を抜き出すと黙って私に差し出した、

「愛想のないやつだ」

と思ったが、そのうちの一冊をかばんに放り込んで家を出た。電車で広げてみると『フェルマーの最終定理』という本であった。

 三百年間誰も証明することのできなかった難問が数学者たちの努力によってついに解き明かされたという内容である。話が数学的論理に及ぶと手も足も出ない 状況ではあったが、私にだって理系出身という意地もある。それにも増して、この本には、息子からのメッセージがこめられていると感じていた。その思いを受 けとめるべく、数日かかったものの何とか最後まで読みきることに成功した。

 読みながら、私は息子の言動を思い出していた。そういえば、去年の夏あたりから「フェルマー」の話がよく食卓で出されていた。私も妻も、あまり真剣に聞 いてはいなかったが、確かにこの本に書かれている定理について興奮気味に話していた。

 息子が貸してくれた他の本も、すべてが数学関連のものであった。もうずっと前から息子は数学の魅力にとりつかれていたのだ。決して思い付きではなかったのだなと私は悟った。

 そういえば自分だって、高校時代、将来を考え薬学を勧める父に対して「生物学」を譲らなかった。結局父は理解を示し、私はその道で勉強することができた わけであるが、その決断のきっかけも、心躍らせながら通学の電車内で読んだ数々の本であった。

 その夜、私は息子を呼んで希望進路の了解を伝えた。息子は突然の申し出に少し戸惑ったようにも見えたが、その一方で明らかホッとしたようだった。

 父と息子、水と油、どうしても分かり合えない存在なのかもしれないが、書物を通じて心が通じ合うこともあるのだ。きっとあのとき私の父も、机に積まれた 生物学関係の本のページをめくって私の真意を汲み取ってくれたのではないだろうか。

 今でも、父と私の関係はいまだ微妙である。両親も高齢となり、なるべく多く実家を訪ねようと心がけている。それでも、用向き以外の話を父と交わすことは 少ない。一方の父はといえば、純粋に私の訪問がうれしいようで、あれこれと世話を焼く。ときには土産代わりに自分が読んだ本を持たせてよこす。

 この本が、かなりの高確率で面白いのだが、次回の訪問で本の話題に花が咲くということもない。しかしそれでも、父が愛した本を自分が夢中になれることに、私は心の交流を感じている。

 きっと、息子と私の関係も同じように展開していくのだろう。こちらが思う以上に、息子は親父である私との間に溝を感じていそうである。そんな溝を埋めるものが一冊の書物であることもあるということだ。

 これからはこちらも、さりげなく父や息子にお勧め本を渡してみようと思う。もちろん熱いメッセージをこめることを忘れてはならない。言葉はなくとも世代を超えた心のつながりを本に託して。

 

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