第二十一章:世界遺産~孔廟、孔府、孔林

第二十一章:世界遺産~孔廟、孔府、孔林

孔子は、中国における最も偉大な思想家、政治家、教育家であり、儒家学派の創始者でもある。孔子の故郷は中国東部山東省の曲阜である。曲阜には、孔子を祭る廟とされる孔廟、孔子の住居とされる孔府、孔子一族の墓地とされる孔林があり、「三孔」と総称され、古跡と文化財として国内外によく知られている。   孔廟は,中国第一廟と称され、中国の歴代封建王朝が孔子を祭る最大の場所であった。孔子が亡くなった翌年の紀元前478年に春秋時代の魯国の王であった哀公は、孔子の三つの古い住居を廟に改造し、毎年孔子を祭った。その後、孔子が創立した儒家文化は中国の正統的文化となり、また、歴代の王朝は孔子の子孫を地域支配者とも言える候に取り立てたので、孔廟は拡張され続け、18世紀初期、清朝の雍正皇帝が孔廟に対し大規模な修築と拡充を行ったことによって、孔廟は今に見る大規模な古代建築群となった。   孔廟は、その大部分が明と清の時代のもので、南北の長さは約1000m、総面積は10万平方メートルに達し、殿堂や楼閣など各種建物は500近く数えられ、その規模が北京の故宮に次ぐ古代の建築群であり、また中国古代大型祖廟建築のモデルでもある。   孔廟の主要建築物は、南北の中軸線に配置され、付属の建築物は左右を対称に分布し、周りは赤レンガの壁で囲まれている。中軸線に配置された主要建物には、大成殿の他、圭文閣、十三御碑亭、杏壇などがある。正殿である大成殿は、歴代の皇帝が孔子を祭った場所であり、宋の崇寧2年(1103年)に建立され、明の弘治12年(1499年)に再建された。大成殿の周りの廊下には直径1m近く、高さ6mの10本の竜の彫刻を施した柱が立てられている。このような柱はここと北京の故宮にしか見られない。大成殿には先祖の位牌や神様の像および孔子の塑像などが祭られている。圭文閣は孔廟内の最も古い建築物で、宋の天嬉二年(1018年)に建てられ、初めは「蔵書楼」と呼ばれ、金の明昌二年(1191年)に立て直された後、圭文閣と改名された。大成殿の手前には杏壇がある。それは孔子が72人の弟子に講義を行った場所で、後の人が杏の木を植え、亭を築きたので杏壇と名づけられた。   孔廟の境内には石碑が林立し、古いのは前漢時代のものから、新しいのは中華民国のものまでがあり、全部で2000を超え、中国の有名な碑林の一つである。また、歴代の皇帝が書いた碑は50余である。これは孔子が封建社会における崇高な地位を持ったことを充分に示した。   孔府は孔廟の東側にあり、宋の至和二年(1055年)に衍聖公に封じられた孔子の第46代の孫、孔宋順から第77代の孫、孔徳成までがそこに住んでいた。現在の孔府の面積は5万平方メートル近くに達し、中には500軒近くの建物と九つの庭園があり、前半部は役所で、後半部は住宅と応接間で、一番後ろは庭園である。孔府では明の嘉靖13年(1534年)から1948年までの文書9000巻余が保存され、珍しい貴重な歴史的文化財が多く収蔵されている。   孔林は孔子とその一族の専用墓地で、世界で歴史が一番長く、規模が最も大きい、また最も完全に保存さている一族の墓地であり、周りは7キロあまりの塀が築かれ、面積は約二平方キロで、2万本の樹令千年の樹木で覆われている。歴代に建てられた楼亭や坊殿、石碑、石刻が密生した樹林の間に見え隠れている。現在孔林には歴代の3万6000以上の石碑が立てている。孔林のほぼ中央には高さ6.2メートルの孔子の墓があり、その両側には息子孔鯉と孫孔伋の墓がある。   孔林は中国歴代の政治、経済、文化の発展および葬儀と埋葬の風俗の移り変わりに対する研究にとって大きな役割を果たしている。   孔廟、孔府、孔林は世界の豊富な文化遺産であると同時に、価値ある自然遺産でもある。「三孔」に植えられている約1万7000本の古木は古代の気候と生態学を研究する上での貴重な材料となっている。1994年孔廟、孔子邸、孔林はユネスコによって 「世界の文化と自然遺産」に指定された。 

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