第二十一章:世界遺産~開平楼閣と村落

第二十一章:世界遺産~開平楼閣と村落

開平は中国で有名な華僑のふるさとであると同時に、楼閣の故郷でもある。19世紀の末ごろ、米国、カナダは排華法案により排華政策を実行し始め、中国人労働者が帰郷して現地で土地と家を買い、家庭を持つことが強要された。19世紀末から1920年代終わりに、米国、カナダ両国の経済の急速な発展に従い、中国人労働者の収入と開平華僑による送金額が増加し、開平に多数の楼閣が建造される経済的条件が整った。   その特色は中国と西洋を折衷した外壁を持っていることで、古代ギリシア、古代ローマとイスラムなどの建築様式も結合し多様性に富んでいる。また、集落防衛の為、銃眼がある。建築材料によって石楼、泥楼、磚楼(煉瓦造り)とコンクリート楼に分けられ、コンクリート楼が最も多い。機能によって集合住宅、居楼と刻楼に分類すると、居楼が最も多い。これらの楼閣は華僑洋館とも呼ばれる西洋風の高層建築で、中国の伝統と西洋の建築意匠が見事な融合を見せている。現存の高層楼閣は1833棟にのぼる。   歴史学者の研究によれば、開平は低地にあり、しばしば洪水に見舞われていたため、被害防止のために村民たちが協力して閣楼を建て始めたという。開平に現存するもっとも古い迎竜楼は、かつてノアの箱舟のような役割をもっており、2度村民たちの命を救った。清の光緒九年(1884年)、開平は大水害に見舞われ、多くの村の家が水没したが、三門里村は迎竜楼が村人を守り全員無事であったという。1908年の洪水でもふたたび村民は楼閣に避難し、救われた。   また、閣楼が建てられた主な理由は匪賊から身を守るためであるとも言われる。開平の建物はその役割によって3種類に分けることができる。ひとつは更楼で、パトロールや村外のようすを知るための建物で、さらに匪賊から身を守るためのトーチカの役割を果たす。衆楼は、村民が共同で建築した住居で、避難所でもあり、部屋の多くは村民が購入している。居楼は村民が各自自費で建てた家族の住まいで、食糧庫と快適な生活空間をもつ。この3種類の建物はすべて匪賊侵入防止の役割をもつ。開平の楼閣は材料、様式のうえでそれぞれ異なるが、すべて窓が小さく、門や窓は鉄の柵で覆われ、壁が厚く、壁に銃を打つための穴があいている。一般的に屋上に見張り台があり、各種機械や発電機、警報機、サーチライトや石、ドラなどの防衛機材が備え付けられている。2007年に世界遺産に登録された。  

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