「妹」

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所属分类:日语随笔集

 シロツメクサの花が一面に咲く原っぱの中に、おかっぱ頭の幼女がいる。胸当ての付いた白いエプロンをつけて。 幼女は甲高い声で歌う。

 「ジュジュジュ、ジューシー」と。少しおぼつかないガムのCMソング。何度も何度も繰り返す。

 「妹」と声に出してみると、鮮やかによみがえってくる原風景である。

 5才の子供を当分の間預かることになった、と母から聞かされたのは、私が小学5年生の時である。父親のいない子で、母親は何か商売をしていたようだ。生後間もない頃(ころ)から、あちらこちらと預けられてきたという。

 当時我が家は、台所と2間だけの小さな家に、家族5人が暮らしていた。暮らし向きも決して楽ではなかったはずだ。にもかかわらず、縁もゆかりもない子供を預かったのは、どんないきさつがあったのか、今では確かめる術(すべ)もない。ただ仲立ちをした人は、女の子のいる家庭にその子を預けたいと、3姉妹の我が家に白羽の矢を立てたものらしい。

 連れてこられた幼女は、まったく物怖(お)じしない子であった。来たその日から、当然のように家族をお母ちゃん、お姉ちゃんなどと呼んで、周りを驚かせたものだ。気がついたら、いつの間にか一緒に食卓を囲んでいた、そんな印象がある。

 妹となった幼女には、上目遣いで人の様子をうかがう癖があった。その目つきがいやだと、周りの大人たちはよく口にした。

 また、どうしようもなく強情を張って、家族を困惑させることもあった。

 そんなある時、業を煮やした母は「言うことを聞かないなら、ヒデちゃんのところに帰りなさい」と叱(しか)った。ヒデちゃんとは、我が家に来る直前まで、妹の世話をしていた女性のことである。それを聞いた妹は激しく泣き叫んだ。ヒデちゃんのところには、どうか帰さないでと懇願するのである。

 後々聞いた話によると、妹はそのヒデちゃんなる女性から、幼い子にとっては行き過ぎとも言えるような扱いを受けていたという。

 末っ子の私にとっては、妹ができたことは願ってもないことだった。どこへ行くにも、少し誇らしい気持ちで連れて歩いたものだ。

 細面で切れ長の目もとが似ていると言われ、実の姉妹によく間違えられたものである。

 近所にふくろうを飼っている家があった。大人の背丈ほどもある大きな鳥小屋の中で、いつも目を閉じたまま止まり木にじっとしていた。時折、ぎろりと目をむいて羽を広げる。そのしぐさが唐突で面白く、よく2人で飽きもせずに眺めたものだ。

 夜はいつも一緒に床に就いた。閉め切ったふすまの隙(すき)間から、灯(あか)りがわずかに漏れてくる。くぐもったようなテレビの音も低く聞こえる。

 妹はすり寄って来ては「お姉ちゃん、何かお話をして」と毎日のようにせがんだ。初めのうちは、昔々あるところに、とおなじみの昔話を聞かせた。

 そのうち話も底をついてくる。そこで、荒唐無稽(こうとうむけい)な作り話をして聞かせることにした。話の成り行きが怪しくなったあたりで「この続きは、また明日のお楽しみにー」と締める。

 妹はどんないい加減な話でも、うんうんとうなずきながら聞いていた。気分次第で話が長くなったり、短くなったりしても、決して不平を言わなかった。

 昼間は、こましゃくれた口調で私をなじったりもする憎らしい妹が、夜になるとしおらしくなるのが不思議であり、いじらしくもあった。

 共に暮らしたのはわずか10カ月余りである。

 その後、隣の県で母親と暮らすようになった妹は、一度だけ逢(あ)いに来てくれた。

 お姉ちゃんとは別れたくないと泣きじゃくる妹の声が、いつまでも耳にしがみつき、戸惑い続けた日々。あれから何年が経(た)ったのだろう。妹は中学生になっていた。

 相変わらずのやせっぽちで、着ていた紺の制服が大きく見えた。かつて、かしましく上下していた口を一文字に結び、伏し目がちで物憂げな少女になっていた。

 共有するたくさんの思い出を、いっぱいに広げてみたかったのに、もどかしいような時間だけが過ぎていく。

 いたたまれず、妹を近くのデパートに連れ出した。「何でも好きなものを買ってあげる」と、ありったけの小遣いを入れた財布を握りしめた。

 迷いに迷って妹が選んだものは、拍子抜けするほど小さな安物の鏡であった。

 「遠慮しなくてもいいよ」と言っても、妹は力なく頭を振り、ちらりと上目遣いに私を見た。その眼差(まなざ)しが心に痛かった。

 妹と逢ったのは、これが最後だった。

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