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テレビの「泣きながら生きて!」という番組をみて感動し、私も父のことを思い出しました。私の父は平凡な農民です。私が子供の頃から、毎日トラックで機械や建築材料を運んでいました。家へ帰るといつも油まみれの作業服が山と積まれていました。その頃私はきれいな仕事をしている父親のいる友人をうらやんでいました。1私の父は頑固で、口数が少なく、父は私に全然関心を持っていないと思っていました。時がたつにつれて、いつしか私は父とは心の溝ができてしまいました。日本研修で来日の前日、大家族で一緒に食事をした時、父はとても機嫌が悪く、つまらないことで私と父はいさかいを起してしまいました。私は自分の部屋に入って泣いていると、親戚のおじさんが入ってきて、父のことを話してくれました。「あなたのお父さんは毎日大変な仕事をしているんだよ、以前、機械の修理中に足を挟まれ、大怪我をして、一ヶ月程入院したことを知らないだろう。仕事が出来なくなって、あなたの学費や入院費などをどうすればよいかと困り果てていたんだ。でもあなたに心配させないようにずっとケガのことを隠していたんだ。あなたのお父さんはお金が無くても、全力であなたの幸せを願って頑張っているんだ......」

そんな話を聞いた時、私はとてもつらい気持ちでした。父が天気の悪い日にいつも「足が痛い」と言っていた訳をその時はじめて知ったのです。私は自分のとった態度をとても恥ずかしく思いました。2そして私が中国を離れる時、父は「日本へ行ったら一生懸命仕事をして、健康に注意して、どんなことがあっても粘り強く頑張りなさい。」と優しい言葉をかけてくれました。少ない言葉でしたが、私にとっては「父の愛」を心の奥に焼つけられた言葉でした。

そして今、来日してから一年半が過ぎました。家に電話をすると父と母が先を争って電話口に出てくれます。今では「お父さん、いつもありがとう!私も毎日元気で頑張っています。毎月安定した収入も得られるので、お父さんも無理をしないで......。」と素直に言えるようになりました。

日本の研修生活で父と同じ年代の人が汗を流して働いている姿を見て、父の苦労がよくわかるようになりました。日本に来て「本当によかった!」と私のわがままを許してくれた父と家族に感謝の気持ちでいっぱいです。昨年の夏、融接試験に合格し、この度日本語能力二級の試験にも合格しました。来日して間もない頃日本語はとても難しく、何度かあきらめようと思った時、3上司から「あきらめては駄目!将来のために苦しくても頑張って!」と熱心な指導を受け、今では自分で頑張れるようになりました。

あと一年半、日本研修で色々なことを学び、私のために頑張っている「父の愛」に力いっぱい応えていきたいと思っています。

 

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